太陽はいっぱい

発達障害児を見守る介助員のブログ

ADHDのR

Rとの初対面は校長室、2010年の夏の終わり、担任に連れられて来た彼と会った。少し落ち着きがないが、ちゃんと座って話を聞いている。結構容易いんじゃ?と感じた。その時は戦いの始まりとは思いもしなかった。


ADHD。俺は何らその知識を持たないまま、最初の担当対象児童との日々を始めた。学校側も俺に多くを期待していたわけではない。当初指示があった点を要約すると、「本人や他の児童の安全維持」つまり、見守ってほしいということだ。実際それは今でも変わらない。付いていてくれれば誰でも構わなかったのだ。


2018年の現在では広く認知されてきたADHD。7年前ではまだまだその知名度は低かった。不謹慎な話だけど俺は初めてその障がい名を聞いた時、あるロックバンドを思い浮かべてしまった。その疑いを持つ児童が1つの学校に数パーセント(他の発達障害を含め)にも及ぶとも知らずに。