太陽はいっぱい

発達障害児を見守る介助員のブログ

ご家族のお気持

俺が通う地域ではという規則かもしれないけれど、小学校の場合通常介助員は5年生の3学期までと聞いている。俺がRについたのは6年生の2学期からだから、このケースは特別な部類に入るらしい。それだけ切迫した状態が続いていたのかもしれない。


突然立ち上がりダッシュ


落ち着きなく机をコンコン


カッとし紙をくしゃくしゃにしてポイ


普通に並びに割り込む…


それらは数年前から現れていたのだけれど、だからと言ってそれが直ぐにADHDや他の発達障害を疑う…ことにはつながらないと俺は思う。それが親の気持だと思うし、易々と認められはしないはずだ。Rの学級にもBという児童がいて、似通った問題行動を起こしていた。2人の違いと言えば、Rは病院で診断をもらいBは診察を受けることがなかっただけだ。

集団の中の個

集団化した時の子供たちの過剰な無邪気さを、皆さんはご存知だろうか?もしも学校内で先生方のカテゴリーと児童側とに分けるとするなら、介助員の立場にある俺は多少先生寄りであるけれど、大体その中間に位置すると思ってもらいたい。


こちらの都合よく全部を見せてくれるわけではないけれど、俺は姑息な大人の手段で子供たちを油断させた。本心を引き出すため当初はフレンドリーに徹し輪の中に入り息を潜めた。やがて俺も学級の情景にとけ込み存在感の薄い居場所を得ていた。


それはRと学級の児童たちの現状を知る為に必要な状況だった。学級での未成熟な社会性に隠れていた特別な個は、実際いつ頃から皆に気付かれ始めたのか…敢えてカミングアウトをする判断が正しい方向に進むことを願って、俺はRと向き合う為の情報を欲していた。

一定のカミングアウト

1学期の終わりに特別な保護者会があった、という。学級内でRの問題行動が頻繁になり、他の児童への影響が強まっていた。そこで説明会が開かれたらしい。ただRが1人でクラスをかき回していた訳ではない。主だった相手としてBという少年がいた。2人は気の合う友人関係…だと思われていた。


同年代の子をお持ちの方々ならお解りだと思うけれど、この年齢の男子は子供のようでいて大人振りたく、実は思ったよりもまだ全然子供。同じ時間を大人たちより長く過ごしては、初めての経験をスポンジのように吸収し、過去を振り返らないで生きれる才能を秘めている。俺はその才に助けられ、そして、何度か思い知らされてもいる。


保護者会の後日、学級では担任から児童たちに対しRの実情を打ち明ける時間が持たれた。俺はその詳細については知らされていない。一定のカミングアウトが為された、とだけ伝えられていた。